プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

メール
y-kasuka@jewelryeyes.net


2012年9月15日

2013年3月22日



2013年3月15日(金)

日本語の動詞の活用形の個数 (1) 序論

 長らくお待たせいたしました。実に1年4ヶ月ぶりの、実質的な内容の更新です。
 半年前の9月15日の更新に向けて準備を始めようとしていた8月下旬、激しい腹痛を覚えて病院に赴いたところ、尿管結石と診断されました。それは程なく治癒したのですが、9月上旬に母に病気が発覚しました。その時点では診断中で、予断を許さなかったので、9月15日の更新ではご報告できませんでした。その後、手術は奏功し、数回の入院ののち、間もなく通院のみの治療に切り替わる予定です。
 母の容態が安定してきたので、そろそろ次の更新の内容を考えようとしたところ、「日本語の動詞にはいくつの活用形があるか」ということに思い至りました。いささか唐突ではありますが、実際は以前から考察していた研究の有効利用です。
 なぜそのようなことを考察するのか。それは、日本語を独学する外国人のためです。
 日本のアニメが外国で一定の人気を博しているということは、広く知られています。作品の楽しみ方は様々ですが、中にはアニメの主題歌、アニメソングに注目し、その歌詞の内容を理解しようとする人々がけっこう多くいるようです。アニメソングを中心とする日本の楽曲の歌詞をローマ字で掲載し、英訳し、あるいは訳文を募集する外国のサイトも存在します。
(アメリカには「フェアユースの原則」があり、公益的な目的で無報酬ならば著作権者の許可なく著作物を転載できます。広告付きのサイトではいささか疑問が残りますが)
 日本語や日本文化を理解しようとする外国人の熱意には、日本人のひとりとして敬意を覚えます。しかし、外国語としての公式な学習を経ていないアマチュアの翻訳では、誤訳は拭いきれません。
 「目を閉じていよう」という歌詞がありました。本来ならば、"I'll keep my eyes closed"とでも訳すべき文です。しかし、訳文として"It's strange to close your eyes"という文を掲げるサイトがありました。「いよう」を動詞「いる」の意向形ではなく、「異様」と解釈したのでしょう。
 もしその訳者に「いる」の活用形のひとつに「いよう」という形があるという知識があれば、このような誤訳はしなかったでしょう。しかし、知識がなかったのならば、あるいは失念していたのならば、辞書に掲載されている「異様」の項目に飛び付いてしまうのも無理からぬことではあります。
 少し大きい外国語の辞書には、動詞の基本形の他に、不規則動詞の不規則な活用形を掲載するものもあります。ただし、日本語の「いる」は規則動詞です。日本語の動詞の活用形には他の語と形態が一致するとして注意を喚起すべきものがいくつかあるということですが、それではひとつの動詞についていくつの活用形を掲載することになるのか、そもそも日本語の動詞には全体としていくつの活用形があるのかというのが、この問題を考察することになった契機です。
 それでは、日本語には動詞の活用形がいくつ存在するのでしょうか。日本で普通に国語教育を受けた人ならば、「動詞の活用形は、未然形・連用形・終止形・連体形・仮定形・命令形の6つだよ」と言うことでしょう。しかし、この6つの活用形は古典日本語を解析するには適切でしたが、音韻変化を経た現代日本語を解析するには若干の不都合があります。「過去時制があるのに『過去形』という用語がない文法体系は不自然だ」という意見もあります。
 日本語教育の現場では、一部の助詞や助動詞が付いた形も活用形として扱っています。活用形の個数は多くなりますが、いくつあるのかという議論はあまりありません。また、過去形に相当するものを「タ形」、丁寧形に相当するものを「マス形」などと呼ぶこともありますが、特定の言語の語形に由来する名称を使用するのは、他の言語との比較に際して不適当な点もあります。
 私が実際に列挙して数えたときは、140個の活用形がありました。この記事を書くに際して改めて数えなおしたところ、方言形や縮約形を除いて160個以上ということになりました。「以上」というのは、現に使用されているかに疑問がある活用形を除いているからです。
 160個もの活用形は、たとえ母語話者といえども、何らかのシステム性がなければ覚えきれるものではありません。以降の稿ではそのシステムを解説して実際に160個の活用形が存在することを確認し、それぞれの活用形に「〜形」という名称を与えてみたいと思います。
 本稿では、特段の目的がない限り、五段動詞の代表として「読む」、一段動詞の代表として「見る」を例にして解説することにします。『明解日本語アクセント辞典』(三省堂)の動詞活用表に2拍の動詞の例として掲載されているのを流用してみました。
(一般的には「カ行五段活用」などと呼んでいますが、日本語教育では行を区別せず「五段動詞」と呼んでいます。また、上一段下一段の区別もしていません)
 本稿では、実際に外国人学習者に接している日本語教師や日本語教育ボランティアの方に参考にしていただくために、一部の用語に英訳を添えています。ただし、私個人が提案する独自の訳語も含まれていますので、検証せずに使用するのを控えるようご留意ください。
 本稿はかなり長くなりましたので、分割し、今回から10回にわたって1週間ごとに更新していくことにします。次回は、日本語の動詞の活用形を数えるのに影響を及ぼす、日本語のローマ字の諸問題を解説します。


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