プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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2013年3月22日

2013年4月5日



2013年3月29日(金)

日本語の動詞の活用形の個数 (3) 他言語との比較

 日本語の動詞の活用形の個数について考察するに当たり、他の言語の動詞の活用を概観していきたいと思います。
 世界には、中国語のように活用という概念のない言語もありますが、多くの言語では動詞は語形変化します。日本人が最もよく知る外国語である英語では、動詞は「原形」「三単現」「過去形」「現在分詞」「過去分詞」という5つの活用形を持ちます。このうち、三単現と現在分詞は全ての一般動詞で規則変化をしますので、不規則動詞の過去形と過去分詞に注意することが学習者に求められています。
 英語の活用形といえば、「進行形」とか「完了形」とか「受動態」とかいう用語を思い浮かべる人もいるかと思います。これらの活用形は、助動詞と本動詞の活用形によって構成されています。動詞の活用形などが、複数の要素によって構成されていることが明白になっている(具体的には、分かち書きされている)ことを「分析的(analytic)」、要素に分解することが困難なことを「総合的(synthetic)」といいます。先の議論によって総合的な部分を活用形とすることになっていますので、進行形・完了形・受動態は活用形ではないことになります。
 英語の活用形は、インド・ヨーロッパ語族の中では少ないほうです。インド・ヨーロッパ語族の多くの言語では、動詞は主語の人称と数によって、同じ時制でも6つの異なる形態を取ります。総合的な活用形をとる時制では、ドイツ語は4つの時制で24個の活用形、フランス語イタリア語は7つの時制で42個の活用形、スペイン語は9つの時制で54個の活用形があります。その他に、人称に関係ない不定法や命令法などに属する活用形もあります。
 古典語にはさらに多くの活用形があります。現代語の多くでは分析的に表現する受動態でも、古典語の多くでは総合的な活用形を持ちます。現代語の多くでは重要性が薄れている接続法の活用形も、古典語の多くでは整備されています。
 ラテン語には、直説法・接続法というふたつの、能動態・受動態というふたつの、現在・過去・未来・完了・過去完了・未来完了という6つの時制、一人称単数・二人称単数・三人称単数・一人称複数・二人称複数・三人称複数という6つの人称があります。ただし、接続法には未来・未来完了の時制はなく、受動態の完了・過去完了・未来完了時制は分析的に表現します。
 6つの時制のうち、現在・過去・未来を「未完了相」、完了・過去完了・未来完了をその「完了相」とします。ラテン語の動詞は、直説法現在・直説法過去・直説法未来・接続法現在・接続法過去という5つの法・時制、能動態未完了・能動態完了・受動態未完了という3つの態・相、そして6つの人称に従って、90個の活用形を持ちます。その他にも人称に関係ない活用形がありますが、中でも4つの分詞は形容詞としてさらに活用し、原則として男性・中性・女性という3つの性、単数・複数というふたつの数、主格・対格・与格・奪格・属格という5つの格に従って、30個ずつの活用形を持ちます。すなわち、ラテン語の動詞には約200個の活用形があることになります。
 ラテン語は古典語としては実は単純なほうです。古典ギリシア語やサンスクリットには、能動態・受動態の他に「中動態」という態があったり、単数・複数の他に「双数」という数があったり、「アオリスト」などという日本語に適当な訳語がない捉え所がない時制があったりして、かなり複雑です。
 日本語の動詞の活用形は160個以上だと、先に述べました。つまり、日本語の動詞の複雑性は、インド・ヨーロッパ語族の現代語より大きく、古典語よりは小さいということになります。ただし、日本語には人称変化はありませんので、日本語とラテン語などとの複雑性は単純には比較できません。
 インド・ヨーロッパ語族を始めとする世界の多くの言語では、動詞は法・態・時制・人称に従って変化します。日本語には人称変化はありませんが、「極」という独自の文法形式があります。すなわち、日本語の動詞はの4つの文法形式に従って変化するということができます。
 数理的な考え方で考察するならば、日本語の動詞には態変数・極変数・時変数・法変数という4つの変数があり、それぞれの変数が特定の値を取った時に特定の活用形を取ると考えることができます。態変数・極変数・時変数・法変数はそれぞれ、原則として次の集合V, P', T', M'の要素を値として取ります。
V = {能動, 受動, 使役, 使役受動}(= {(自発, 能動), (自発, 受動), (使役, 能動), (使役, 受動)})
P' = {肯定, 丁寧, 否定, 願望}
T' = {現在, 過去, 継起, 命令}
M' = {終止, 意向, 仮定, 連用}
 単純に計算すれば4×4×4×4=256ですが、同時に取りえない値の組み合わせがあったり、特殊な値があったりしますので、具体的に列挙すると日本語の動詞の活用形は160個ということになります。
 他の多くの言語では、動詞の活用形の中で複数の要素が渾然一体となっていて、個々の要素を取り出すことはやや困難です。日本語では態・極・時・法に相当する要素を比較的簡単に取り出すことができます。次回から4回にわたって、それぞれの変数について解説していきます。


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