プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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y-kasuka@jewelryeyes.net


2013年4月26日

2013年5月10日



2013年5月3日(金)

日本語の動詞の活用形の個数 (8) 深層における活用の規則

 前回までの記事で、160個の活用形がどのように生成されるかを解説してきました。
 しかし、「五段動詞では語尾の"-u"が除かれ」とか「一段動詞では語尾の"-ru"が除かれ」とか「形容詞型語尾では語尾の"-i"が除かれ」とか、いちいち断り書きがあって繁雑だったことと思います。いっそのこと、初めから除いておいたらどうでしょう。
 前回までの解説は、すでに存在する活用形から別の活用形を生成するという方針であったため、繁雑なのも致し方ないことでした。実際、五段動詞である「読む」から語尾の"-u"を除くと"yom-"となり、日本語として発音も表記もできません。しかし、表現の前段階である深層(depth)における形態を想定するならば、初めから語尾を除いておき、さらに五段動詞・一段動詞・形容詞型語尾の差異を最大限中和し、単純な体系を構築することが可能になります。
 まず、動詞の深層における基本形を、五段動詞では語尾の"-u"、一段動詞では語尾の"-ru"を除いたものとします。「読む/見る」では"yom-/mi-"となります。この時の態変数(1)・態変数(2)・極変数・時変数・法変数の値は、(自発, 能動, 肯定, 現在, φ)とします。これらの値が別の値に変化するとき、下記の式に従って語尾に追加していきます。法変数が「φ」以外の値を取るか、時変数が「継起」か「命令」の値を取るとき、語尾のハイフンがなくなり、活用形が完成します。
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自発→使役 + -(s)ase-
能動→受動 + -(r)are-
肯定→丁寧 + -(i)mas'-
肯定→否定 + -(a)nak'[ar]-
肯定→願望 + -(i)tak'[ar]-
現在→過去 + -tar'-
現在→継起 + -te
現在→命令 + -(e)[ro]
φ →終止 + -(r)u
φ →意向 + -(y)ou
φ →仮定 + -(r)eba
φ →連用 + -(i)
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 「否認」とか「条件」とか「推量」とかいう特殊な値に関する特別な扱いについては前の稿に譲るとして、ここでは上記の式に現れている特殊な表記について解説します。
 上記の式には、最初の1文字がカッコで囲まれているものが多くあります。これは、省略されることがあるということを表します。日本語は本来、語頭に母音が現れることがあることを除いて、子音ひとつと母音ひとつの組み合わせを基本としており、子音同士、母音同士が連続することは基本的にありませんでした。現代語の動詞の活用でも基本的には踏襲されており、子音で終わる語尾の直後では"(s), (r), (y)"、母音で終わる語尾の直後では"(a), (i), (e)"は省略されます(省略される場合以外では必ず現れます)。"-t-"が続く場合の音韻変化(音便)については、時変数の項を参照してください。
 命令の"[ro]"は、"(e)"が省略されたときに代わりに現れます。この"[ro]"は本来、命令形に任意に接続する強意の終助詞「よ」でしたが、"(e)"が省略されたときに連用形と区別が付かなくなるのを防ぐために活用形の一部となり、子音が動詞の語尾に典型的な"r"に変化したものと推察されます。
 否定・願望の"[ar]"は、過去・意向(推量)・仮定が直接続く場合に現れ、継起・終止・連用が直接続く場合は省略されます。この"[ar]"はもともと動詞「有る」であり、活用能力が乏しい形容詞を形式的に動詞にして活用の幅を拡げるものでした。なお、仮定の"-eba"が続く場合は、母音が同化して"-ereba"となります。
 丁寧の"-s'-"は多くの場合では普通の子音"-s-"と同様に扱われますが、意向が直接続く場合は母音で終わる語尾であるかのように"(y)"が省略されず、"-syou"→"-shou"となります。否認のような古典語の残存である要素が続く場合は、"-(i)mas'-"は古典形の"-(i)mase-"となることがあります。
 過去の"-r'-"は多くの場合では普通の子音"-r-"と同様に扱われますが、終止が続いて"-r'u"となった場合は"r'u"は省略されます。なお、仮定が続く場合は、"-(r)eba"とは異なる古典語の語尾"-(a)ba"に由来する"-a"が続き、"-tara"となります。
 否定・願望の"-k'-"は、"[ar]"が省略されない場合は普通の子音"-k-"として扱われますが、母音"i, u"が続く場合はこれらを逆転させ、逆転した結果"i"が続くことになった場合は"-k'-"は省略されます。"-k't-"は"-kut-"となります。
 これらの規則は古典語から現代語への連続性に着目して抽出したものであり、はたして現代日本人の脳内で但し書きまで含めた複数の過程が即興的に適用されているかというのは疑問があります(おそらくいくつかの活用形は改めて生成されるのではなく、すでに脳内に存在しているのでしょう)。しかし、4回の更新を費やして解説してきた日本語の動詞の活用の規則がひとつの稿に収められたのは意義深いことです。
 次回は、160個の活用形に名称を与え、列挙します。


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