プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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y-kasuka@jewelryeyes.net


2013年4月19日

2013年5月3日



2013年4月26日(金)

日本語の動詞の活用形の個数 (7) 法変数

 最後に、法変数(mood variable)について解説します。
 (mood; modality)とは、動詞が表す事態の文脈上の役割、あるいはそれへの話者の心理的態度という観点で動詞の形態を変化させる文法形式です。法が文法形式として整備されている言語では、法はあらゆる要素に先立って動詞に適用され、動詞の活用形の大きな分類群を形成する傾向があります。日本語では、動詞の語尾を決定する要素として最後に適用されます。
 法変数は次の集合M'の要素を値として取ります。
M' = {終止, 意向, 仮定, 連用}
 ただし、意向には、形態は同じであるものの、意味上無視しえない差異を持つバリエーションがあり、別の値として扱うことにします。また、時変数が本来は法である継起や命令を取った場合は、法変数は値を持たないこととします。正確な集合は次のMになります。
M = {終止, 意向, 推量, 仮定, 連用, φ}
 それでは、法による動詞の形態の変化について解説していきます。
 終止は動詞が文の主要部、または名詞の修飾句であることを表します。法変数が値「終止(conclusive)」を取った場合、動詞は変化しません。
 意向は動詞が表す行為の実現を主語が表す人物が想定することを表します。法変数が値「意向(volitive)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が除かれて"-ou"が付き、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-you"が付き、丁寧形では語尾の"-su"が除かれて"-shou"が付き、全体として文になります。「読む/見る」は「読もう/見よう」、丁寧意向では「読みましょう/見ましょう」と活用します。
 意向の語尾と語源を同じくする活用形に、動詞が表す事態の実現を話者が想定することを表す特殊な用例があります。形容詞型語尾で語尾の"-i"が除かれて"-karou"が付き、全体として文になります。この場合は、法変数が特殊な値「推量(inferential)」を取ったとみなします。「読む/見る」は、否定推量では「読まなかろう/見なかろう」、願望推量では「読みたかろう/見たかろう」と活用します。過去推量形は現代語では稀になっています。
 他の多くの言語では、意向と推量は同じ形式で表されます。日本語でも古典語では意向形は推量の用法も持っていましたが、現代語では推量は一般的には終止形に助詞「だろう(でしょう)」が続く表現で表され、上記の推量形は一部の構文でのみ痕跡的に使用されるものになっています。
 仮定は動詞が表す事態が他の事態の論理的前提であることを表します。法変数が値「仮定(suppositive)」を取った場合、動詞型語尾では語尾の"-u"が除かれて"-eba"が付き、形容詞型語尾では語尾の"-i"が除かれて"-kereba"が付き、全体として副詞相当句になります。「読む/見る」は「読めば/見れば」、否認仮定では「読まねば/見ねば」、否定仮定では「読まなければ/見なければ」、願望仮定では「読みたければ/見たければ」と活用します。
 過去形では"-ra"が付きます。過去仮定形は実際には過去の意味を持たず、現在仮定形との意味上の差異はほとんどなく、話し言葉では過去仮定形のほうが多く用いられます。「読む/見る」は「読んだら/見たら」、丁寧過去仮定では「読みましたら/見ましたら」、否定過去仮定では「読まなかったら/見なかったら」、願望過去仮定では「読みたかったら/見たかったら」と活用します。
 連用は動詞が他の動詞や形容詞の修飾句であることを表します。法変数が値「連用(adverbial)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が除かれて"-i"が付き、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれ、形容詞型語尾では語尾の"-i"が除かれて"-ku"が付き、全体として副詞相当句になります。また、肯定現在連用形は深層における動詞の基本形のひとつとして、名詞に転用されたり、複合語の要素になったりします。否認形では語尾の"-nu"が除かれて"-zu"が付きます。「読む/見る」は「読み/見」、否認連用では「読まず/見ず」、否定連用では「読まなく/見なく」、願望連用では「読みたく/見たく」と活用します。
 過去形では"-ri"が付きます。過去仮定形は実際には過去の意味を持たず、動詞の部分列挙を表します。「読む/見る」は「読んだり/見たり」、丁寧過去連用では「読みましたり/見ましたり」、否定過去連用では「読まなかったり/見なかったり」、願望過去連用では「読みたかったり/見たかったり」と活用します。
 ここまでの議論で、動詞「読む」の能動態には、肯定形で「読む・読もう・読めば・読み・読んだ・読んだら・読んだり・読んで・読んだって・読め・読まぬ・読まねば・読まず」の13個、丁寧形で「読みます・読みましょう・読みました・読みましたら・読みましたり・読みまして・読みません・読みませんで」の8つ、否定形で「読まない・読まなかろう・読まなければ・読まなく・読まなかった・読まなかったら・読まなかったり・読まないで・読まなくて・読まなくたって」の10個、願望形で「読みたい・読みたかろう・読みたければ・読みたく・読みたかった・読みたかったら・読みたかったり・読みたくて・読みたくたって」の9つの計40個、4つの態で160個以上の活用形が存在することが確認できました。
 次回は、深層における形態を想定し、日本語の動詞の活用の体系を単純にする方法を探ります。


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