プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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2013年4月12日

2013年4月26日



2013年4月19日(金)

日本語の動詞の活用形の個数 (6) 時変数

 次に、時変数(time variable)について解説します。
 時(time)、正確には時制(tense)とは、動詞が表す事態の舞台となる時刻と発話時点との前後関係という観点で動詞の形態を変化させる文法形式です。多くの言語には現在時制と過去時制の別があり、一部の言語には未来時制もあります。日本語には未来時制はなく、未来は現在時制で表します。
 日本語の時制は現在と過去のふたつしかありませんが、後述の法変数で議論すべきもののうち、過去と語源を同じくする「継起」と、意味上過去を取りえない「命令」を、便宜的に時制の一種として扱います。すなわち、時変数は次の集合T'の要素を値として取ります。
T' = {現在, 過去, 継起, 命令}
 ただし、継起には意味と形態が少しずつ異なる複数のバリエーションがあります。正確な集合は次のTになります。
T = {現在, 過去, 継起, 条件, 継起条件, 命令}
 それでは、時による動詞の形態の変化について解説していきます。
 現在は動詞が表す事態の舞台となる時刻が発話時点、またはそれ以降であることを表します。時変数が値「現在(present)」を取った場合、動詞は変化しません。
 過去は動詞が表す事態の舞台となる時刻が発話時点以前であることを表します。時変数が値「過去(past)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-ta"が付きます。形容詞では語尾の"-i"が除かれて"-katta"が付きます。歴史的推移から見れば、本来は"-taru"で終わる五段動詞ということになりますが、特殊な活用をしますので、「過去」という特別なカテゴリーとして扱うことにします。
 また、五段動詞ではふたつの子音が連続することになりますが、これは本来の日本語にはない現象ですので、ふたつの子音が相互作用して日本語として発音しやすい音韻に変化する「音便(euphonic change)」という現象が起きます。"-tt-", "-wt-", "-rt-"は、"-tt-"に変化します(促音便; t-euphony)。"-nt-", "-mt-", "-bt-"は、"-nd-"に変化します(撥音便; n-euphony)。"-kt-", "-gt-"は、それぞれ"-it-", "-id-"に変化します(イ音便; i-euphony)。"-st-"は"-shit-"に変化しますが、古典語と同じ形態ですので、音便とはみなされていません。「読む/見る」は「読んだ/見た」、丁寧過去では「読みました/見ました」、否定過去では「読まなかった/見なかった」、願望過去では「読みたかった/見たかった」と活用します。
 継起は動詞が表す事態に引き続いて別の事態が起こることを表します。時変数が値「継起(successive)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-te"が付き、形容詞型語尾では否定形のみ継起を取り、語尾に"-de"が付き(丁寧否認形も)、全体として副詞相当句になります。ふたつの子音が連続する場合は、過去と同じく音便が適用されます。「読む/見る」は「読んで/見て」、丁寧継起では「読みまして/見まして」、丁寧否認継起では「読みませんで/見ませんで」、否定継起では「読まないで/見ないで」と活用します。
 継起の語尾と語源を同じくする活用形に、動詞が表す事態が後述の価値判断の対象であることを表す特殊な用例があります。形容詞型語尾で語尾の"-i"が除かれて"-kute"が付き、全体として副詞相当句になります。この場合は、時変数が特殊な値「条件(conditional)」を取ったとみなします。「読む/見る」は、否定条件では「読まなくて/見なくて」、願望条件では「読みたくて/見たくて」と活用します。肯定継起は条件の用法も持ちます。
 条件形には、継起の語尾を2回適用したかのような口語形が存在し、条件形の"-e"が"-atte"に変化します。この場合は、時変数が特殊な値「継起条件」を取ったとみなします。「読む/見る」は「読んだって/見たって」、否定継起条件では「読まなくたって/見なくたって」、願望継起条件では「読みたくたって/見たくたって」と活用します。
 命令は動詞が表す事態を実現することを話者が聴者に指示することを表します。時変数が値「命令(imperative)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が除かれて"-e"が付き、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-ro"が付き、全体として文になります。一段動詞では語尾が"-yo"となる異形が古典語の残存として存在し、硬いニュアンスがある文脈で使用されますが、"-ro"を代表として扱うことにします。形容詞型語尾の活用形は命令形になりません。丁寧形が命令形になることは現代語では稀ですので、活用形の個数には含めないことにします。「読む/見る」は「読め/見ろ(見よ)」と活用します。
 ここまでの議論で、動詞「読む」の能動態には「読む・読んだ・読んで・読んだって・読め・読まぬ・読みます・読みました・読みまして・読みません・読みませんで・読まない・読まなかった・読まないで・読まなくて・読まなくたって・読みたい・読みたかった・読みたくて・読みたくたって」の20個、4つの態で80個以上の活用形が存在することが確認できました。次回は法変数について解説します。


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