プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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y-kasuka@jewelryeyes.net


2013年4月5日

2013年4月19日



2013年4月12日(金)

日本語の動詞の活用形の個数 (5) 極変数

 次に、極変数(pole variable)について解説します。
 極(pole)、あるいは極性(polarity)とは、動詞が表す事態が実現した(する)か否かという観点で動詞の形態を変化させる文法形式です。言語の論理性の要であり、全ての言語に肯定と否定の別があります。ただし、「動詞の形態を変化させる」とは言いましたが、ほとんどの言語では否定を表すのに否定副詞か否定専用の動詞を用い、動詞自体は肯定文と同じ活用形を取ります。「否定形」という活用形が存在することは、日本語の特徴のひとつです。
 論理的には極性は肯定と否定のふたつですが、日本語の動詞の活用形という観点から見た場合、これらと同じ地位を争うものに「丁寧」と「願望」があります。すなわち、極変数は次の集合P'の要素を値として取ります。
P' = {肯定, 丁寧, 否定, 願望}
 ただし、極変数は前述の態変数ほど整然とした体系にはなっておらず、古典語に由来する活用形が残存的に散在しています。正確な集合は次のPになります。
P = {肯定, 肯定否認, 丁寧, 丁寧否認, 否定, 願望}
 それでは、極による動詞の形態の変化について解説していきます。
 肯定は動詞が表す事態が実現した(する)ことを表します。極変数が値「肯定(affirmative)」を取った場合、動詞は変化しません。
 否定は動詞が表す事態が実現しなかった(しない)ことを表します。極変数が値「否定(negative)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が除かれて"-anai"が付き、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-nai"が付き、全体として形容詞になります。「読む/見る」は「読まない/見ない」と活用します。否定形をさらに否定することはできますが、形容詞を否定する助動詞「ない」は別の語とみなしますので、新たな活用形は生成されません。
 否定の意味を表す表現には、上記の否定形の他に、古典語に由来する活用形があります。五段動詞では語尾の"-u"が除かれて"-anu"が付き、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-nu"が付き、全体として五段動詞になりますが、特殊な活用をします。「読む/見る」は「読まぬ/見ぬ」と活用します(「読まん/見ん」という異形もありますが、方言形とみなします)。この場合は、極変数が特殊な値「否認(denegative)」を取ったとみなします(正確には、下記の「丁寧否認」と対比して「肯定否認」という矛盾した用語になりますが、「肯定」は活用形の名称では省略されます)。
 丁寧は話者の聴者に対する敬意(社会的配慮)を表します。極変数が値「丁寧(polite)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が除かれて"-imasu"が付き、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-masu"が付き、全体として五段動詞になりますが、特殊な活用をします。「読む/見る」は「読みます/見ます」と活用します。
 丁寧形が否定されるときは、上記の否認形に由来する特殊な形態をとり、"-masu"が"-masen"に変化します。「読む/見る」は「読みません/見ません」と活用します。この場合は、極変数が特殊な値「丁寧否認」を取ったとみなします。
 願望は動詞が表す行為の実行を主語が表す人物が望むことを表します。極変数が値「願望(desiderative)」を取った場合、五段動詞では語尾の"-u"が除かれて"-itai"が付き、一段動詞では語尾の"-ru"が除かれて"-tai"が付き、全体として形容詞になります。「読む/見る」は「読みたい/見たい」と活用します。形容詞型語尾ですので、願望形を否定しても新たな活用形は生成されません。
 ここまでの議論で、動詞「読む」の能動態には「読む・読まぬ・読みます・読みません・読まない・読みたい」の6つ、4つの態で24個以上の活用形が存在することが確認できました。次回は時変数について解説します。


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