プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

メール
y-kasuka@jewelryeyes.net


2014年9月15日

2015年3月22日



2015年3月15日(日)

ユーロイデオグラムの簡略化 (1) 方針の転換

 昨年9月15日は当サイト(プレオープンサイト)設立10周年でしたが、本日2015年3月15日は当サイトの正式開設10周年です。前回の更新では特に記念らしいことはしませんでしたが、今回は長文の原稿を準備しました。2年前のように、1週間ごとに更新していきたいと思います(今回は7回を予定しています)。
 当サイトでは10年の間に様々なことを紹介し、提案してきましたが、実際には提案後に完結を見たものはほとんどないというのが実情です。その中でも、当サイト開設の1〜2年後の2006年9月ごろから数回ほど紹介し、その後立ち消えになった「ユーロイデオグラム」について、反省も含めて再考していこうと思います。
 「ユーロイデオグラム(euroideogram)」とは、英語等、ヨーロッパの言語に漢字に似た表意文字を統一的に適用しようとする試みです。
 一部の言語進化論では、「言語が中国語のような孤立語から日本語のような膠着語を経てヨーロッパの言語のような屈折語に進化していくように、文字も漢字のような表意文字から平仮名・片仮名のような表音音節文字を経てアルファベットのような表音音素文字に進化していく(だから、漢字のような遅れた文字を使用するのは中国語のような遅れた言語だけだ)」などというような言説が語られたことがあります。現在では言語にも文字にも本質的な優劣は存在しないというのが言語学界の共通見解ですが、今でも欧米にはこのような偏見を奉じる一部の識者が存在するとも聞き及んでいます。
 ヨーロッパの言語を表意文字で表記することができることを証明すれば、かかる謬見を払拭できるのではないか。そんなことも考えて作ろうとしたのが、ヨーロッパの言語のための表意文字「ユーロイデオグラム」です。
 ユーロイデオグラムを文字体系として構築するに当たり、下記の条件が構想されました。
(1) インド・ヨーロッパ語族に属する、資料の存在する全ての言語の全ての方言を対象とする。これらの言語に外来語として語彙を提供する周辺の言語も考慮に入れる。
(2) 活用語尾・小辞・擬音語等も含め、全ての表現を音節表意文字で表記する。
(3) 語源研究の成果に基づき、漢字の造字規則を応用して作字する。字体は康熙字体(旧字体)を用いる。
(4) 1音節1字の原則を堅持しつつ、音節を形成しない要素に1字を当てることも認める。
(5) 語源を同じくし、異なる経路で導入され、似た意味で用いられる語形の異なる形態素を同一の表意文字で表記する。
(6) 文字と意味との対応は、原則的に古代中国の社会構造に基づく言語意識を参考にする。現代日本に固有の言語意識が混入しないよう留意する。
(7) 外来語・固有名詞・擬音語等で、語源の追究が困難な語彙については、表音専門に作られた表意文字で表記する。
(8) 単語ごとに半角空白で分かち書きする。句読点・括弧等は半角文字を用い、半角空白を添える。
 しかし、これらの条件を厳密に遵守すると、必要となる労力は膨大になり、達成は事実上不可能になることが予想されます(もしも私が心を入れ替えて(インターネットは無時間的なナレッジベースであって共時的なコミュニケーションツールではないという信念を捨てて)SNSとかを駆使するという決断をしたならば、あるいはその限りではないかもしれませんが)。そこで、各条件を以下のように変更し、いわば簡易版として別の文字体系を構想してみることにしました。
(1)' ひとつの言語の標準語を対象とする。外来語等、対象言語の固有の語彙に関連のない語彙は表音的に表記する。
 一般的に、ある言語の表記体系は数百年〜数千年の実用に基づく試練に耐え、その言語にとって最適化されていると考えられます。そのため、ひとつの言語に別の文字体系を適用するのは意義が乏しく、漢字が表意性の中に音声を覆い隠すことによって中国語の多種多様な方言を束ね上げたように、複数の近縁な言語に適用できる文字体系を考案できれば意義深いと考えていました。
 しかし、やはり(1)のような条件は広範に過ぎます。(1)'の条件ならば対象言語の辞書1冊(および漢和辞典1冊)があれば考察を進められます(それでも、言語ひとつを対象にするのは世界の全てに対峙するに等しいのですが)。
(2)' 表意文字と表音音節文字を混用して表記する。
 人工言語や人工文字を作ろうとする者はひとつの原則を全体に適用しようとしがちですが、実際はいかなる地域・時代においても言語が純粋であったことはありません。表意文字の体系全体を一時に設計するのは困難ですが、一部を表音文字で表記することを認めるならば、体系が未完成でも発表することが可能です。日本語の漢字仮名交じり文がよい参考例になるでしょう。
(3)' 現在日本で使用されている漢字・平仮名・片仮名を流用する。字体はShift-JISに採録されているもの(基本的に新字体)を用いる。
 新しい表意文字を作ってネット上で発表するのは、GlyphWikiのようなサービスを使えば可能にはなりますが、数千数万の文字を準備するのは困難です。既存の文字を図式的に組み合わせて表現しても、直感性に欠けます。文字自体が既存の文字体系の流用ならば、発表は極めて容易になります。
(4)' 語彙的な意味を持つ形態素は、複数の音節を持つ場合も含め、原則としてひとつにつき1字の表意文字を当てる。語彙的な意味の乏しい要素については、単語の末尾では表音的に表記し、単語の内部では表記しない。
 (4)の「音節を形成しない要素」とは、英語の複数語尾のようなものを想定しています。しかし、音節を形成しない要素が活用語尾に先行して、表面上活用語尾が倍増しているように見える言語も存在し、語尾のための文字の数も多く必要になります。日本語の送り仮名のように語尾を表記すれば、語尾のための表意文字を準備する必要はなくなります。また、表意文字が意味を示唆しているのならば、単語の内部の意味の乏しい要素を表記しなくても、母語使用者には判別できるでしょう。
(5)' ほぼ同一の意味で用いられる複数の形態素を、語源が異なる場合でも、同一の表意文字で表記することを認める。
 中国語の漢字が音韻変化を被った各地の発音を同一の文字で表し、また、日本語の漢字に音読みと訓読みがあるように、語源が同じ形態素(英語では固有語とラテン語・ギリシア語に由来する要素)を同一の文字に当てれば文字数を節約できるのではないかと考えていました。しかし、全ての語彙について語源を追及するのは困難です。そもそも、音読みと訓読みは語源に何らの関連もありません。現代語の意味に従って形態素に文字を当てても差し支えないでしょう。
(6)' 文字と意味との対応は、原則的に対象言語・現代日本語間の翻訳に基づく。ひとつの形態素に1字を当てることが困難な場合は、複数の文字からなる熟字を形態素に当てることを認める。
 ユーロイデオグラムは、ヨーロッパの古代言語の使用者が自らの言語を表現するために創造したと仮想して構築すると構想しています。そのため、参考にすべきは古代中国人が漢字を創造したときの言語意識であり、現代日本人の言語意識は排除すべきであると考えていました。しかし、ヨーロッパの言語の要素には古代中国には存在しなかったものも多く存在し、この原則を貫くのは困難です。
(7)' 表音的に表記する場合は、対象言語の固有の語彙は平仮名で、外来語・固有名詞・擬音語は片仮名で表記する。
 ヨーロッパの言語では母音の前後に最大3つの子音からなる子音群が付属して音節を形成するため、1音節1字の原則を貫くと表音文字でも膨大な数の文字が必要になります。日本語の仮名は音節文字ですが、外来語を表記するときは「拍」(子音+母音・母音が後続しない子音・子音が先行しない母音)を1字で表記するため、文字数が少なくて済みます。
(8)' 表意文字と表音文字を混用する場合は、分かち書きはしない。句読点・括弧等は全角文字を用いる。
 ユーロイデオグラムはヨーロッパの言語を中国語風に見えるように表記することを目指して設計しているものですが、中国語のように分かち書きをせずに表記すると異なる解釈が生じる可能性が排除できないため、空白が必要です。この空白を半角にすると、デザイン的に句読点も半角にする必要がありますが、半角句読点は半角片仮名と同じく一部の環境で文字化けを引き起こす可能性があり、発表の妨げになります。日本語も分かち書きをしませんが、漢字・片仮名のグループと平仮名のグループが視覚的に単語の境界を示唆し、疑似的に分かち書きの機能を果たしています。
 つまり、(1)〜(8)の性質を持つユーロイデオグラムが、古代に発生し、現代まで発達してきた中国語表記を念頭に置いているのに対し、(1)'〜(8)'の性質を持つ簡略化ユーロイデオグラムは、古代から近世までの慣例を受け継いで近代に成立した現代日本語表記を参考にしていることになります。
 簡略化ユーロイデオグラムは、個別の言語を対象にしています。複数の言語に適用する際は、適用する規則の差異を念慮することなく、それぞれの言語に最適化された規則を構築していくものとします。こうしてヨーロッパの各言語に簡略化ユーロイデオグラムを適用していけば、本来のユーロイデオグラムの理念を多少なりともカバーできるかもしれません。
 なお、ユーロイデオグラムの構築は、現在は中断状態にありますが、完全に断念したわけではありません。ただ、「思い付いてしまった」上は、しばらくはこの簡略化の方針を追究してみたいと思います。
 次回は、ユーロイデオグラムを簡略化する際に参考とする日本語の漢字仮名交じり文について、その特徴を考察します。


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