プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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2015年3月15日

2015年3月29日



2015年3月22日(日)

ユーロイデオグラムの簡略化 (2) 漢字仮名交じり文の特徴

 ユーロイデオグラムを簡略化する際の参考として、日本語の漢字仮名交じり文について考察したいと思います。
 日本語は、漢字・平仮名・片仮名という、単独でもひとつの言語を完全に記述することが可能な3種類の文字体系を混用して表記する稀有な、というより世界で唯一の言語です。この世界唯一のシステム「漢字仮名交じり文」が日本語とどのように影響を及ぼしあっているか、私なりの見解を論じてみます。
 漢字は、本来は中国語を表記するための表意文字、正確には意味と発音とを併せ持つ「語」を表すための「表語文字」です。中国語は孤立語であり、文法機能の大部分を語順によって表現するため、文字で表されるものの大部分は具体的な意味を持つ語彙です。
 一方、中国語とは系統を異にする日本語には、助詞・活用語尾等、具体的な意味を想起しにくい部分が存在します。そのため、具体的な意味を持つ部分を漢字で表記した残りを表音的に表記する必要があります。古代には一部の漢字を表音的に使用していましたが、やがて、日本人は漢字を変形して独自の表音文字を作り出しました。それが平仮名と片仮名です。
 平仮名も片仮名も音節文字です。表意音節文字である漢字を変形して作られたものだから音節文字であるというのは自然なことと思われるかもしれませんが、音素文字の代表であるアルファベットもその起源は音節文字であったように、長年の使用のうちに音素文字に移行するというようなことがありえなかったわけではありません(古代のアジアにはそれを可能にする高度な音韻論がありました)。平仮名・片仮名が音節文字でありつづけたのは、日本語に母音が後続しない単独の子音がほとんど存在せず(古代にはまったくなかった)、子音+母音という1音として聞こえる基本単位を表現するのに音節文字が都合よかったからです。
 ただし、もしも濁音・半濁音が濁点・半濁点を付加する方式ではなく、独自の文字で表記されていたとしたら、(ヤ行エ列も含めると)73種類の文字が必要になり、記憶の負担が大きくて早晩別の方式に移行していた可能性があります。破裂音・摩擦音の有声性・無声性を現代日本語では符号によって区別し、古代には区別すらしていなかったのは、有声音・無声音の区分が日本語とは異なる古代中国語・朝鮮語の使用者が日本語に文字を導入したからです。そのため、必要な文字は(ヤ行エ列の音韻が廃れたため)47種類となり、アルファベットと比較しても突出して数が多いというほどではなくなり、音節文字としての性質を維持することができたのであろうと考えています。ただし、その後の音韻変化や外来語の導入などによって日本語の音節の種類は200に近くなったため、長音・促音・撥音という特殊拍や拗音・特殊音の表記法に一種の音素性が出現しているとも言えます。
 平仮名は女官が和歌や小説を著すために、片仮名は僧侶が漢籍に注釈を施すために考案したと言われています。それは、よく知られていることです。しかし、起源と本来の用途が異なるとはいえ、2種類の表音文字のいずれかが発生から約千年の間に淘汰されるというようなことがなく、現代の日本語に併存しているのはなぜなのでしょうか。
 平仮名と片仮名は、「ー・ヴ」が片仮名にのみ存在するという極々一部の例外を除いて、一方に存在するものは他方にも存在するという平行関係にあります。日本語が表意文字と表音文字の両方を持つ必要があるとしても、表音文字を2種類持つというのは無駄なことではないのでしょうか。
 いえ、むしろ表音文字が2種類存在するということが、漢字仮名交じり文を維持するのに必要である。そう私は考えています。
 現在、独立国家の公用語(もしくはそれに準じる言語)で複数の文字体系を混用する表記方式を公式に規定しているのは、日本語以外には存在しません。しかし、かつてはもうひとつ存在していました。近代韓国語の漢字ハングル交じり文です。
 ハングルは韓国語(朝鮮語)固有の民族文字で、独立国家の公用語(のうち話者人口がある程度多いもの)を表記する文字体系で最も新しく考案されたものであり、韓国語の音韻・文法・語彙についての深い考察に基づいてこれを十全に表現することができる、非常に優秀な文字体系です。ハングルの考案以降、政府は漢字のみ、庶民はハングルのみで韓国語を表記するなか、一部で漢字とハングルとを混用する試みが続けられ、近代になって公式な表記法として公用文に採用されました。日本と同じく漢字文化圏であり、(近縁関係は正確には証明されていないものの)日本語と似た文法を持つ韓国語を漢字ハングル交じり文で表記するのは、ある程度自然なことでした。
 しかし、第二次世界大戦後、韓国・北朝鮮の両国とも、漢字を事実上廃止し、ハングルのみで韓国語・朝鮮語を表記するようになりました。現在、韓国の新聞では一部の略語を表す漢字を記号的に使用するのみです。これは、上記のとおり、ハングルは韓国語を完全に表記することができるからなのですが、戦後に漢字が使用されなくなったのは、日本統治下で広まった(と考えられている)漢字ハングル交じり文が反日感情に触れたからだと言われることもあります。
 あらゆる点で完璧なものは存在しません。漢字ハングル交じり文は、文法的な部分を十分に表現できない漢字をハングルが補助し、新奇なハングルに漢字が権威性を添えることで、互いに補い合うことによって成立したものです。しかし、他国の権威を借りるにしろ、自国の文化を誇るにしろ、ふたつの不完全なものが綱引きをしたら、どちらか一方に軍配が上がってしまうものです。戦後の民族意識の高揚に呑まれ、韓国語の表記法はハングル専用に一気に切り替わることになりました。
 こうして、世界でも稀有な複数の文字体系を混用する表記方式の例は消失しました。現在、文字を持つほぼ全ての言語で単一の文字体系を使用しているのは、文字が権威と尊厳を担わされているが故の宿命なのでしょう。
 一方で、日本語の漢字仮名交じり文は現在まで残っています。
 漢字は表意文字で意味を担い、平仮名・片仮名は表音文字で発音を表わすというのは、韓国語の漢字ハングル交じり文と変わりありません。一方で、平仮名と片仮名にも役割分業があります。
 漢字と片仮名が名詞・動詞・形容詞等、語彙的な意味を持つ語の語幹部分を表記するのに対し、平仮名は助詞・助動詞・活用語尾等、文法的な機能を持つ部分を表記するのに使用されます。また、漢字と平仮名が江戸時代までに日本語に存在した伝統的な語彙を表記するのに対し、片仮名は擬音語や明治時代以降に日本語に導入された外来語等、新奇な語彙を表記するのに使用されます。
 すなわち、日本語の漢字仮名交じり文では、「表意性・表音性」「語彙性・文法性」「伝統性・新奇性」という3つの評価軸において、漢字・平仮名・片仮名が積極的・消極的な役割を演じているのです。綱引きに参加するのが三者ならば、個々の力に差があっても、一者のみが圧倒的に勝利することなくどこかでバランスが取れることもあります。よって、漢字仮名交じり文を維持するためには、表音文字が2種類必要なのです。
 日本人は自然に成立したものを恣意的に改変することを好まない気質があり、雑多な表記法をそのまま引き継いできたから漢字仮名交じり文が成立したという側面はあります。しかし、定家仮名遣い本居宣長の古典語の考察・明治期の仮名の整理・戦後の現代仮名遣い当用漢字の制定等、日本語も何回かの正書法の改定を経験してきました。これらの契機にも漢字仮名交じり文が廃止されなかったのは、おそらく上記のような要因があったからであろうと思います。
 その他にも、日本語の漢字には「音読み」と「訓読み」という2種類の読み方があります。音読みがその字の中国語での発音を表わしているのに対し、訓読みはその字の意味の日本語の語を表わしています。訓読みがあるからこそ、名詞・動詞・形容詞の大部分を漢字で表記することができます(韓国語の漢字には音読みに相当する音価しかありませんでした)。
 日本語と中国語は別の言語ですので、必ずしも完全には対応しません。そのため、以下のような現象が起こりました。
・中国に存在して日本に存在しない概念があったから、訓読みを持たない音読みのみの漢字が生じた。
・日本に存在して中国に存在しない概念があったから、音読みを持たない訓読みのみの漢字「国字」が生じた。
・日本語では単一でも中国語では複数の種類の語で表される概念があったから、訓読みが同じ漢字「同訓異字」が生じた。
・中国語では単一でも日本語では複数の種類の語で表される概念があったから、訓読みを複数持つ漢字が生じた。
・日本語では1語でも中国語では連語で表される概念があったから、複数の漢字に1語を当てる訓読み「熟字訓」が生じた。
・中国語では1語でも日本語では連語で表される概念があったから、長い訓読みを持つ漢字が生じた。
 これによって、日本語の表記は非常に複雑になりました。文字の読み書き自体がクイズになるのは、おそらく日本語だけでしょう。
 こうして日本語の特徴を書き連ねていくと、「やっぱり日本(語)は特別なんだ」などという「日本特殊論」や「日本語特殊論」に思いを致す人々が、日本にも外国にも現れてくるかもしれません。日本については私は特に述べる立場にはありませんが(おそらく日本は普通の国家だとは思いますが)、日本語は世界の言語の普遍的な性質をすべて備えている「正当な言語」であると断言できます。特徴的な言語はあっても、「変な言語」は存在しないのです。
 「日本語は難しい」と考えている日本人は多いです。確かに、発音を完全に決定する情報を欠く漢字仮名交じり文という表記法には、複雑な面があります。しかし、自分の言語を難しいと言って喜んでいるのは日本人と韓国人ぐらいのもので、他の多くの国の人々は、自分の言語は簡単だと主張します。学習が容易な言語に興味を持ってもらい、学習を通じて自分の国のファンになってもらおうという戦略なのです。「日本語は難しい」と主張する日本人は自国の文化に尊崇の念を示す愛国者のようでいて、その実は、外国人の日本語学習への興味を挫き、日本文化への理解を妨げる存在にもなりかねません。
 前回の稿で、「中国語や漢字は遅れた言語・文字だ」という偏見が欧米の一部に存在すると申し上げました。これは取りも直さず、日本語もその範疇に含まれているということです。一方で、時に傲岸で、時に卑屈になりがちな日本特殊論に日本人自身が耽溺しているのも有害です。その原因の一端が漢字仮名交じり文にあるというのならば、日本語だけの特徴である漢字仮名交じり文を他言語に適用する方法を示すことによって、日本語に対する日本人の意識を相対化したいと考えることもあります。
 ということで、次回以降の稿で漢字仮名交じり文を他言語に適用する方法を解説していきますが、複数の言語に一度に適用するのは大変ですので、とりあえずは1言語だけにします。次回はその言語を発表します。


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