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著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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2015年4月12日

2015年5月3日



2015年4月19日(日)

ユーロイデオグラムの簡略化 (6) ドイツ語の漢字仮名交じり表記

 前回は、ドイツ語の音韻に平仮名・片仮名を適用する規則を解説しました。今回は、その一部に漢字を適用する規則を解説していきたいと思います。
 今回でドイツ語の漢字仮名交じり表記が完成することになります。ただし、全貌を見渡すことができる音韻とは異なり、語彙は膨大であるため、漢字の割り当てはまだ完成していません。ここでは大まかな規則を解説するにとどめ、前回まで例として挙げてきた交響曲第9番を漢字仮名交じり文にする際には(基本的に漢字表記は訳語から採るので)その場で例を提示することにします。
 漢字仮名交じり表記の問題には、「(語彙的に)どの範囲まで漢字を当てるか」「(文字列として)どこまで漢字で表記するか」「どのように漢字を割り当てるか」という課題があります。
 「どの範囲まで漢字を当てるか」については、基本的に平仮名で表記する語・形態素にはすべて漢字を割り当てます。ただし、実際に表記する場合は、定冠詞は平仮名で表記するほか、不定冠詞や代名詞等の文法的な要素は筆者の選好によって平仮名で表記することを選択することを認めることとします。前置詞は日本語の助詞に相当する多分に文法的な要素ですが、名詞句の先頭に位置するため、必ず漢字で表記します。
 片仮名で表記する語・形態素の中でも、ドイツ人の人名とドイツ語圏の地名には漢字を当てます。例えば、物理学者アインシュタイン("Einstein")は「一石(ヌ)」、ドイツの首都ベルリン("Berlin")は「熊伶(ヌ)」となります。ドイツ語圏外でドイツ語風に表記する地名も漢字で表記します。日本語で国名・地域名に漢字表記も存在する場合は、それを表すラテン語に由来する要素(特に接頭辞形)を漢字で表記することを選択することを認めることとします。
 「どこまで漢字で表記するか」、すなわち「どこから送り仮名として表記するか」については、基本的に語頭から主アクセント・副アクセントを持つ最後の母音までを連続して漢字で表記し、その直後の子音を含むアクセントを持たない語尾の部分を送り仮名として平仮名(固有名詞では片仮名の場合も)で表記します。
 "-lich, -nis" 等の子音で始まる接尾辞には漢字を割り当て、"-en, -el, -er, -ig, -isch" 等の母音で始まるアクセントを持たない接尾辞や語幹内の同形の部分は送り仮名とします。ただし、行為者・住民を表す接尾辞 "-er" に漢字「者・人」を当てる等の例も存在します。アクセントを持たない部分を漢字で表記する場合は、その音節の主母音の直後の子音以降を送り仮名とします。
 主アクセント・副アクセントを持つ最後の母音の直後に子音が続かず、母音で始まる音節が続く場合は、母音から始まる送り仮名になります。主アクセント・副アクセントを持つ最後の母音が語末の場合は、その場合はその母音は長母音か二重母音になりますが、その母音の後半部分を表す平仮名を送り仮名とします。ただし、長音符「ー」が漢字に続くと漢字の「一」等と紛らわしいので、 [aː, ɛː] の場合は「あ」、[eː, iː] の場合は「い」、[oː, uː, øː, yː] の場合は「う」と書き換えることにします(平仮名の場合は元から長音符を使用しない方式も想定することができます)。「雪」を意味する "Schnee" は、平仮名表記では「しねー」ですが、漢字表記では「雪い」となります。アクセントを持たない "-er" を漢字を表記する場合は、「ぁ」を送り仮名とします。「ベルリン住民」("Berliner")は「熊伶人ぁ」となります。
 漢字を含む語は、漢字で表記する部分の直後に片仮名で表記する部分が続く場合を除いて、すべて送り仮名を持ちます。日本語と異なり、名詞にも送り仮名が存在します。ただし、駅名表示板等で、概念を単独で提示する場合は、送り仮名を書かないのを基本とします。また、漢字で表記する固有名詞が文末に位置する場合は、送り仮名を書かないことを選択することを認めます。
 「どのように漢字を割り当てるか」については、具体的な意味を持つ形態素ひとつにつき漢字を1字当てることを基本にしつつも、日本語の漢字に音読みと訓読みとがあるように、送り仮名を含めて判別できる範囲で、1字の漢字が固有語・ラテン語・ギリシア語の形態素に同時に対応することを認めることとします。ただし、日本語の表記により近付けるために、特殊な規則として「熟字訓」と「返読文字」を導入します。
 「熟字訓」とは、熟語を構成するそれぞれの文字ではなく、熟語全体にひとつの語(形態素)を当てる読み方です。日本語では1語で表される基礎的な概念でも、中国語では1字ではなく2字以上で表記される場合は、熟字訓として読まれることがあります。「雲雀」と書いて「ひばり」と読むのがその例です。
 日本語とドイツ語も何を基礎的な概念とするかには差がありますので、熟字訓が発生する素地があります。その他にも、単独では1字でも、複合語は科学的・哲学的な高尚概念であることも多いので、それぞれの要素を2字熟語で表記したほうが自然に見える場合もあります。「バラ」を意味する "Rose" は単独では「薔ぜ」ですが、「バラ油」を意味する "Rosenöl" は「薔薇油る」と表記します。
 ドイツ語の名詞の複数形は基本的には語尾変化で表され、送り仮名で区別することができますが、語幹の母音の変化で表される場合もあります。「娘」を意味する "Tochter"(トホター)の複数形は "Töchter"(テヒター)で、語尾では区別できません。そこで、"Tochter" を「娘たぁ」、"Töchter" を「娘々たぁ」と表記することにします。「兄・弟」を意味する "Bruder"(ブルーダー)「兄だぁ」の複数形 "Brüder"(ブリューダー)は、「兄弟だぁ」と表記します。これも一種の熟字訓ということもできます。
 「返読文字」とは、日本語とは語順の異なる漢籍を日本語として読み下す際に、以降の文字を先に読んでから元に戻って読む文字です。否定を表す文字のほか、他動詞や自然現象を表す一部の自動詞が返読文字とされます。例えば、「非常」は「常にあらず」、「挙手」は「手をあげる」、「開花」は「花ひらく」と読み下しますので、この場合は「非・挙・開」が返読文字です。日本語の熟語の中には中国語の語順に従った構成のものも存在しますが、その場合は音読みでその順序で読まれますので、現代日本語には返読文字は基本的に存在しません。
 ドイツ語の派生語・複合語は基本的に日本語と順序が同じですが、中国語とは順序が異なる場合がありますので、日本語の熟語に合わせて一部の文字を返読文字としたほうが自然に見える場合もあります。
 具体的には、ドイツ語の接尾辞のうち、可能を表す "-bar"、形容詞化する "-sam"、欠如を表す "-los"、女性を表す "-in"、小さい物を表す "-chen" 等を表す「可・有・無・女・子」等の文字は、その直後の要素を表す文字に先行して書くこととします。「見ることができる」を意味する形容詞 "sichtbar"(ジヒトバール)は、「可視を」と表記します。
 これらの返読文字のうち、「可・有・無」はドイツ語と日本語で順序が同じで、中国語とは異なるものであり、「女・子」はドイツ語と日本語で順序が異なるものです。なお、否定を表すのは日本語では活用語尾ですが、ドイツ語では中国語と同じく接頭辞の "un-" ですので、それを表す漢字「不」は返読文字ではありません。「見ることができない」("unsichtbar")は「不可視を」となります。
 それでは、これらの考察に基づいて、交響曲第9番の歌詞を漢字仮名交じり文にしてみましょう。特徴的な具体例については、漢字仮名交じり表記を提示した後で解説します。まず、前回の解説で掲げた仮名表記を再録します。
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ふをいで、しょーなぁ ぎょったぁふんけん、とぉひたぁ あうす エリューゼィウム。
ゔぃーゎ べとゑーてん ふぉいあぁとをぅんけぬ へぃんむりしぇ、だいぬ はいりぐとぅーむ。
だいね つぁうばぁ びんでん ゔぃーだぁ、ゔぁす でぃー もーで しとゑんぐ げたいると。
あっれ めんしぇん ゔぇをでん ぶゐゅーだぁ、ゔぉー だいぬ ざんふたぁ ふりゅーげる ゔぁいると。
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 この仮名の一部を漢字で表記すると、以下のようになります。ここでは定冠詞や代名詞も漢字で表記することにします。
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歓で、美なぁ神々閃けん、娘たぁ出すエリューゼィウム。
私ゎ執踏てん火呑けぬ天むりしぇ、汝ぬ聖域む。
汝ね呪ばぁ結でん再だぁ、何す爾い興で厳ぐ完分ると。
全れ仁しぇん成でん兄弟だぁ、焉う汝ぬ柔たぁ翼げる逗ると。
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 漢字仮名交じり文ですので、仮名のみの表記では挿入されていた半角空白が必要ではなくなっています。外国人の目から見たら日本語と区別できないような、日本人の目から見たら何かの暗号のような雰囲気の文章になっていると思います。
 この例は短文ですので、返読文字の例は含まれていません。また、複数形に関するものを除いて、熟字訓の例も存在しません。「エリューゼィウム("Elysium")」はギリシア神話の地名ですので、片仮名のままです。
 この例では、「神々閃けん("Götterfunken")」「火呑けぬ("feuertrunken")」「聖域む("Heiligtum")」が複合語です。「聖なる」を意味する "heilig" は単独では「聖りぐ」と表記しますが、複合語では接中辞や前要素の送り仮名は表記しませんので、"Heiligtum" は「聖域む」となります。このように、熟字訓でなくても日本語の熟語とほぼ一致する例はかなり多くあります。
 この文の中でも「天むりしぇ("Himmlische")」は特に送り仮名が長いですが、これはもともと "Himmelische" という語の略だからです。この語は第1音節にのみアクセントを持ちますので、省略されなければ「天めりしぇ」と表記されます。
 この短い例でも6回も登場する小書きの「ぁ」が、「日本語っぽさ」を損ねている感もあります。「ぁ」を削除すると日本語っぽくはなりますが、ドイツ語にも "-a" で終わる語が若干存在することと、語末の "-er" を漢字で表記した際に送り仮名が最低1字必要なことが、「ぁ」を削除するのを阻害しています。なお、舞台発音で表記した場合は、「美なぁ」が「美ねを」となるなど、かなり日本語の雰囲気に近付きます。
 実例としてははなはだ不十分ではありますが、これまでに挙げた規則をもって、ドイツ語の漢字仮名交じり表記の規則とします。次回は、これまでの考察を基にしてドイツ語以外の言語にも漢字仮名交じり文を適用する可能性を探り、本稿の締めとしたいと思います。


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