プロフィール
著者(PN):
月下香治
(かすか・よしはる)
Yoshiharu Kasuka

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y-kasuka@jewelryeyes.net


2007年11月16日

2008年9月15日



2008年1月1日(火)

再び『機動戦士ガンダム00』等について

 前回の記事で予告したよりも若干早くご挨拶申し上げます。
 いつか申し上げたとおり、私はグレゴリオ暦の数字の変わり目をあまり重視していませんので、新年だからといって必要以上に特別なことはしないものなのですが、番組の改変期でレギュラー番組が休止している隙を狙って、感想をまとめておきたいと思います。
 前回の記事では、今期放送中のアニメ『機動戦士ガンダム00』の舞台設定について考察しました。中でも、作品中重要と思われる「クルジス共和国」や「アザディスタン王国」については、その位置などの詳細がわからないままになっていました。
 私はガンダム00視聴中も、このアザディスタン等がどこにあるのかずっと気になっていました。Wikipediaイランの記事を中心にあちこちの記事を見通したり、時には英語版Wikipediaや、果てはペルシア語版Wikipediaにまで足を伸ばしたりして、それらしき場所を推察しようとしていました。今回、一定の結論に達しましたので、ご報告したいと思います。
 なお、今回の評論は12月22日放送の第12話「教義の果てに」までを視聴した上での、私個人の感想です。まだここまで視聴していない閲覧者様は、ここからの記事はご自身の判断で閲覧していただけるようお願いいたします。
 アザディスタンの前に、クルジスについて考察しておきましょう。前回の記事では、クルジスはクルディスタンかキルギスであろうと考えていました。しかし、第8話「無差別報復」でクルジスとアザディスタンは交戦国であったと叙述されており(第12話でも「隣国」とされている)、アザディスタンが位置するとされるイランからは隔たっているキルギスはクルジスの候補から外れることになります。
 それでは、クルジスはクルディスタンであると結論付けてよいのでしょうか。仮にもクルディスタンとイランとが全面戦争に突入したとすれば、トルコ国内のクルド人コミュニティーが騒ぎ出し、トルコを領域の一部とするAEUの軍事介入を受けてイランのほうが壊滅的打撃を被るでしょう。しかし、この戦争ではクルジスのほうが滅亡に至ったとされています。
 そもそも、この現代世界において、ひとつの国家が他の国家に侵攻してその政権を打倒し、一方的に併合しておきながら、国際的非難をさほど浴びることなく過ごすことなどできるのでしょうか。アザディスタンは石油禁輸措置こそは受けているものの、第9話「大国の威信」では中東の他の国に先駆けて国連の支援を受けるという恩恵に浴しています。この理由を突き詰めて考えてみたところ、クルジスはアザディスタンの一部であると国際的にみなされていたのではないかという考えに至りました。
 例えば、イランは憲法で国土の分離を禁止していますので、一部の地域が独立国の樹立を主張したとすれば、これを軍事的に制圧しても正当な行為とみなされることでしょう。ということは、クルジスはクルディスタンの中のごく一部、イラン西部のクルド人居住地域コルデスタン州、あるいはもう少し広く取ったとしても、その北の西アザルバイジャン州と南のケルマンシャー州を併せた、イラン30州のうちの3州程度の小国ということになるでしょう。
 ただし、第1話「ソレスタルビーイング」において、クルジスは戦争中、自らを「神の土地」と称していましたが、これらの地域には特段有名な宗教的施設があるわけではありません。イラン最大と聖地といえば、イラン北東部に位置するイスラム教シーア派の聖地マシュハドです。クルジスがマシュハドであるという可能性も考えてみましたが、マシュハドはクルディスタンからはかなり離れています。まあ、どこの国であろうとも自国を「神州」と嘯くのはありそうな話ですので、ここではクルジスはコルデスタンであるとしておきましょう。
 次に、アザディスタンの位置を推測します。作中に登場するアザディスタンは、モスク風の王宮を中心とし、その背景に近代的なビル群が林立する砂漠の中の都市として描かれています。その威容から推察するに、アザディスタンとはイラン中部に位置するイラン最大級の文化都市イスファハンではないかと考えました。アザディスタン王宮も、イマーム広場やシャーモスクに似ているように見えます。
 しかし、アザディスタンがイスファハンだとすると、そのすぐ北に位置するイランの首都テヘランも影響下にある(あるいは、テヘランからイスファハンに遷都した)のでしょう。ということは、アザディスタンはイランの後継国ということになりますが、作中ではアザディスタンは「新興国」とされています。一部の資料ではアザディスタンは「小国」であるともされています。実際、第11話「アレルヤ」ではアザディスタンが率先して国連の支援を受けることに疑念が呈されていましたし、第9話に登場した空港の名称も「アザディスタン国際空港」と、あたかも都市国家のようでもあります。アザディスタンがテヘランの政治力を背景としたイランの相当の地域を領域とする国家であるとすると、それは紛れもなく「大国」であり、揺るぎのない「伝統国」であるに違いありません。
 ならば、アザディスタンはクルジスに並ぶほどの小国であるとして、考察を続けてみましょう。アザディスタンとクルジスが同程度の規模の独立国だとすると、先に述べた理由で強い国際的非難を受けるということも考慮に入れなければなりませんが、小国同士の小競り合いということで、国際社会も捨て置いていたのかもしれません。アザディスタンがテヘランを含まないイスファハン州のみであるという可能性も含めて、他にあとふたつほどの可能性を考察します。
 まずは、イラン北西部の東アザルバイジャン州を中心とするアゼルバイジャン人居住地域です。アザディスタンの王女の名は「マリナ・イスマイール」と言いますが、東アザルバイジャン州にはイスマイール1世が起こしたサファビー朝の故地タブリーズがあります。また、アゼルバイジャン人の自称「アゼリ」の語形は、アザディスタンの名称の語源となった「自由」を意味するペルシア語「アザド」に似ています。
 次は、イラン南西部のアラブ人居住地域フーゼスタン州です。世界でも最も多く君主国が存在するのはアラブ地域ですが、アラブ地域には国名を「〜スタン」とする国家はありません。「スタン」はペルシア語であり、イランより東の非アラブイスラム圏にしか「〜スタン」は分布していないのです。フーゼスタンは世界で唯一、主としてアラブ人が居住する「〜スタン」です。また、フーゼスタン州には、最大級の埋蔵量が確認されていながらイラン・イラク間の緊張によって開発が遅れている油田、アザデガン油田があります。
 しかし、これらイラン西部の諸地域は山岳地帯であり、作中で描写されている風景とは異なります。イランの砂漠地帯は主に東部に分布しており、300年のうちに砂漠化が進行したのだとしても、せいぜいイスファハンの付近に接近する程度です。いろいろと解決しきれない疑問を抱えながら、アザディスタン中心のエピソードである第12話の放送を迎えました。
 第12話の冒頭で、中東全体の情勢が語られました。中東は石油産業に強く依存していたがゆえに太陽光発電への移行に追随できず、国際社会に見捨てられたまま分裂と統合を繰り返す戦乱の地域となったとされていました。アザディスタンは「カスピ海とペルシア湾に挟まれた国」と述べられ、同時に同地域の俯瞰図が映し出されていました。
 そこでは、アザディスタンとされる都市圏は、カスピ海の東岸を南に延長した直線上に位置していました。地図と引き合わせてみると、それに該当する大都市はひとつしか存在しません。それは、今まで検討したことがない「ヤズド」という名の街でした。
 調べてみると、ヤズドとは、イスファハンの東に位置し、イランの中でもゾロアスター教の中心地として独特の性質を有する都市とのことです。第12話アバンタイトルでは寺院の中で火が焚かれている描写がありますし、イスラム圏では珍しい太陽をモチーフとする国旗をアザディスタンが採用しているというところを見ると、アザディスタンの「国教」とはゾロアスター教であり、アザディスタンの中核はゾロアスター教徒が居住するヤズド州とケルマン州であるという可能性が非常に強くなります。「ヤズド」と「アザディスタン」の名称も、"a-z-d"の音が符合しています。
 しかし、アザディスタンがヤズドだとすると、クルジスとされるコルデスタンからは離れてしまいます。「アザディスタン=ヤズド」説と「クルジス=コルデスタン」説は、同時には成立させにくいようです。
 第12話後半で、主人公、刹那・F・セイエイがアザディスタン首都から東(夜明けの太陽が昇る方向)へガンダムで向かった際、故郷クルジスと思しき場所に差し掛かるという描写がありました。コルデスタンはイラン西部に位置しますので、少なくともこの場所はコルデスタンではありません。
 実は、クルディスタン以外にも主としてクルド人が居住する地域があるのです。それは、イラン北東部、トルクメニスタンとの国境地帯である北部ホラーサンです。北部ホラーサンに限らず、ホラーサン3州にはクルド人をはじめ、他の諸民族が散在して居住しています。そして、ホラーサン3州の中心都市が、先の考察に挙がっていたマシュハドです。
 ホラーサン3州全体はクルド人居住地域ではありませんが、独立に際して非ペルシアの象徴として「クルド」の名を掲げたのでしょう。聖地マシュハドを包含することから、「神の土地」を自称することも頷けます。ここに来て、ようやくすべての疑問に一定の解決を与えることができました。
 それでは、アザディスタンの領域を確定する作業に入りましょう。作中では、アザディスタン軍の基地として、「ゼイール」「カズナ」という地名が挙がっていました。このふたつの地名そのものの都市は見つかりませんでしたが、似た名前の都市としては、イラン南西部沿岸ブーシェフル州の「デイール」と、マシュハド近郊の「カシュマル」というものがあります。これらのことから考えると、アザディスタンの範囲は、ヤズドを中心とするイラン南東部の地域、現在のイランの半分程度の面積を占める領域であると考えることができます。
 最後にひとつ、考察しておきたい場所があります。それは、イスファハン州の南西に位置するチャハールマハール・バフティヤーリー州です。ここがアザディスタンに含まれるのかはまだわかりませんが、ここに居住する民族が本作の主人公の運命に深く関わっている(あるいは関わっていた)のではないだろうかと考えています。
 アザディスタンの王女マリナ・イスマイールのお目付け役の名は「シーリン・バフティヤール」と言いますが、英語版Wikipediaにはこういうキャラクターのスペリングも載せられています。製作者側が原語の綴りなど特段深く考えずに付けた名前かもしれないのに、何ゆえこうも堂々と載せているのかと思っていましたが、実はイランの首相に同姓の人物がいたからでした。
 「バフティヤール」、あるいは「バフティヤーリー」とは、チャハールマハール・バフティヤーリー州に居住する民族バフティヤーリー族の代表的な姓です。ペルシア人の一部族とみなされることもありますが、多民族国家イランにあってペルシアと非ペルシアの中間的存在として、政治や文化に広く貢献している民族です。
 シーリンも、女性の政治参加を禁じているアザディスタンにあって、強い政治力を秘めた人物として描かれています。王女マリナとも対等な口振りで話し、時には皮肉を言うなど尊大とも取れる態度を示しているのを見ると、実は本当に対等な存在だったのではないかとも考えられます。
 アザディスタンは王国として独立したのちにいったん共和制をとり、その後数年前に王制を復活させたとされています。王制復活の動機は、クルジスの併合に際して国民統合の象徴を必要としていたことに加えて、王室外交のイメージ戦略で国際社会からの援助を獲得しようとの目論見であろうと思われます。このとき、王家の候補としてイスマイール家の他にバフティヤール家もあったのではないかと考えることもできます。
 一方、主人公の刹那は、クルジスの寒村に育ち、幼くしてゲリラ組織に唆されて少年兵として戦ったのち、戦場でソレスタルビーイングのガンダムに救出されるという、激しくも不遇な人生を送ってきました。そんな刹那を、第8話でマリナは一目見て「アザディスタン出身」と考えましたが、一方で、第12話ではアザディスタン人とクルジス人は「顔を見ればわかる」ほど異なる人種であるとみなされていることが描かれています。つまり、刹那は何らかの事情でクルジスに移住したアザディスタン人であるということです。
 物語の類型のひとつに、「貴種流離譚」というものがあります。寄る辺をなくして世界を流転する青年が、実はとある王家の子孫であり、長じて故郷に帰って王位に就く、というものです。ギリシア神話のオイディプス王の物語などの例が有名ですが、現代文学においても枚挙に暇はありません。
 本作ガンダム00がこの貴種流離譚の一種であるとすると、刹那はアザディスタンの貴族の一員ということになります。女性の政治参加を禁じているアザディスタンでは男子の世継ぎがいることは大きく有利になりますので、刹那の家が王家に選ばれることを阻止するため、あるいは王制復活そのものを妨害するために、何者かが生まれたばかりの刹那を誘拐してクルジスの民家に預けたのではないかとも考えられます。マリナと刹那は実はかなり近しい存在(あるいは姉弟)であり、このことにシーリンなどのバフティヤール家が関与しているのかもしれません。
 以上、長々と考察してきましたが、これはあくまでも私個人の感想であり、正しいものとは限りません。作品ひとつを鑑賞するにもこんな細々としたことが気に掛かってしまうのも言語学者の性というものですが、私自身もこの考察を通じて、現在構築を進めているユーロイデオグラム普及用小説の設定において不十分だったイラン語派に関する考察を深めることができました。
 さて、次回以降の更新ですが、ガンダム00に関する考察はほぼ出しきりましたので、また興味深い展開が現れたら第18話放送後の2月中旬程度に、そうでなければ適宜更新していきたいと思います。
 それでは、今回はそういうことで。


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